ダイヤモンドは砕けない
二度目の大学四年生の時から社会人一年目の頃まで付き合っていた女の子がいた。
俺より一つ年上で、作家を目指していて、大学を卒業して就職をせずにバイトしながら小説を書いていた。
彼女のノートパソコンにはメモが一枚貼ってあって、そこには文学賞の名前が幾つか書かれていた。これから応募する予定の文学賞。
彼女の部屋に泊まると、必ずセックスをした。彼女とセックスするのは楽しかった。ラジカセから流れる小さな音楽と二人の息遣い。彼女の瞳の中に映る俺の顔。どれも今となってはあまりにも遠すぎる。
セックスの後、俺が彼女に「俺のこと、好き?」と訊くと、彼女は笑って「好きだよ」と言った。「君はどうしてそんなに心配性なの?」
俺は彼女が好きだった。セックスをするたびに、彼女の気持ちを確かめたくなった。そして俺の気持ちも伝えたかった。「好きだよ」と伝えると、彼女は笑って「あたしも好きだよ」と言った。
俺が自分のバンドの新曲を聴かせると、「良い曲だね」と言った。「君の書く歌詞が好きだよ」と。
彼女はいつも俺の味方をしてくれた。ささいなことでケンカをすることはあっても、基本的に二人は仲が良かったし、俺はうまくやっているつもりでいた。
彼女の運転する車で海までドライブした時、俺は体調が悪くなってしまい、海岸のベンチで彼女に膝枕をしてもらって横になった。彼女は俺の髪の毛をいとおしそうに撫でてくれた。波の音が聴こえた。二人は目の前の海を見ていた。
もちろん、二人は結果的に別れてしまうのだけれど、嫌になるほど思い出だけは綺麗で、俺にはそれが苦痛で仕方がない。
思い出が綺麗であればあるほど、今の自分がどうしようもない人間に思えてくる。実際、どうしようもない人間なのだろう。
先日LINEした熟女からは返信が来なくなった。やり取りに飽きたのだろう。